オオカミとイヌの見分け方

実はオオカミとイヌを「種として」、ある基準をもって客観的に識別することは、研究者でさえ難しいと言っています。(「イヌの動物行動学」) 

オオカミとイヌが分岐してからの時間が短いため、2つの種が遺伝子の表現型形質の大部分を共有しており、いっぽうの種に独自な形質が(質的差異)稀なことによります。オオカミとイヌの違いは、遺伝子の表現型がつくる体の特徴の量的差異、大きいとか小さいとか退化しているとか、ということになります。

 野生動物の姿かたちは、その能力や機能を反映しています。オオカミはシカやイノシシを狩るための能力を獲得するべく体が適応して、今の形態的特徴を備えるようになったと考えられます。イヌはオオカミの能力を部分的に取り出し、強調するよう育種されてきたので、イヌ族全体としてみれば、オオカミの能力と形態をすべて備えていますが、各犬種には、その特徴が優れているのか劣っているのかという違い、量的差異があります。したがって、オオカミのある特徴を取り出してオオカミのイヌとの違いの基準にしようとしても、必ずいくつかの犬種では、オオカミと同じようにその特徴をもつものが存在することになります。それが研究者のいう識別の難しさです。

 

たとえばブルドッグやダックスフントのような西洋犬、特定の能力を強調するように育種されてきた犬種とオオカミの区別は容易です。

しかし、もしジャーマン・シェパードやマラミュートのような、あるいは日本犬のように「オオカミに似た」犬種を比べる場合、基準を設けての識別はできないかもしれませんし、並べて見比べなければ、見間違える場合はあるかもしれません。

能力や機能と姿かたちについて整理してみます。


細く長い脚

オオカミに特徴的な能力は、まずシカを追うための走力が挙げられます。オオカミはシカとの共進化の過程でどこまでも走り続ける持久力を支える形態的特徴を獲得しました。オオカミと日本犬やシェパードの形態を比較するとオオカミの上腕が長く、走るときの動作は上腕を中心にした形状が、スムーズな走り方に直結しているように見えます。

オオカミの形態の特徴は、肩から肘までの上腕骨が長く、胴体に密着していることにあり、その特徴は【前足はイヌより後ろのほうにあるのが特徴。肩幅が狭く、ほとんど胸の真下に前足がある。そのおかげで肩関節を充分に伸ばし、歩幅を大きくして、速く走ることができる】と表現できます。

肩関節の位置はイヌと変わりませんが、長い上腕を普段は肩から折りたたんで動いているので、外見上、前足が胸の後ろ寄りから下に伸びているように見えます。それは、いったん走り出したときに、肩関節を伸ばして歩幅を大きくすることができる形態なのです。

一方イヌは【オオカミと比べて体が小さく、前足は前寄りにあるのが特徴です。イヌの前足は肩幅が広く、オオカミよりも前寄りにある】形です。


上腕骨に第一の特徴がある

上腕骨の長さをオオカミとイヌの識別の基準にするという考えも過去にはありました。ところがイヌにも上腕骨が長い犬種があり、種としての区分の基準にはなりませんでした。(「イヌの動物行動学」)たとえばアイリッシュウルフハウンドはオオカミよりも長い上腕骨をもっています。オオカミの足が細いことから、この骨の直径を比較基準とすると、オオカミの上腕骨は大部分のイヌより細いのですが、アフガンハウンドのような犬種は長さと直径の比がオオカミに似ているので区別できません。上腕骨だけでは、それがオオカミのものかイヌのものかはっきりと区別ができません。

オオカミの上腕骨の長さと太さを比較検討することで、猟犬も含めて、速く走るためには細く長い上腕骨が必要なのではないか、ということがわかります。オオカミとイヌの姿かたちを比較した場合、大部分のイヌよりもオオカミは脚が細く、長いということができます。

これがオオカミの姿かたちの第一の特徴です。

肩幅が広いイヌと狭いオオカミ

オオカミとイヌの肩甲骨の位置はほぼ同じですが、犬は肩幅が広く、オオカミは肩幅がせまくなるようについているようです。前から見ると、オオカミは全体に細くシュッとしていますが、イヌはがっちりとした肩幅をもっています。

これは「オオカミの足跡は、まっすぐについて、後ろ足が前脚の足跡の上に重なる」と指摘される特徴と同じことです。オオカミはスムーズに足を送り、どこまでも負担なく走れるようにこの体形になったと考えられます。

犬は荷物を運ぶため、あるいはソリを引くために、肩ががっちりして、足幅が広がったと言われています。アメリカの研究者は、闘いのためだと言っていましたが、いずれにしても速く走るためではなく、足をふんばって力を出すために、人が選択的に育種したことの結果、体が変化したと考えてよさそうです。

肩幅が狭く、足跡が一直線になること、これがオオカミの姿かたちの第二の特徴です。

大きな掌

オオカミは、主に北半球に生息し、特に雪の多い地域で活躍しています。雪や湿地での活動に適応するための体の変化が、大きな掌だといえます。オオカミの足跡はイヌと比べて細長いのが特徴です。狩りで獲物を捕まえるために速く、長い距離を走らなければなりません。雪の上では小さな蹄で足がもぐってうまく走れないシカやイノシシなどの有蹄類を効率的に追うことができるカンジキのような大きな掌が、オオカミの第三の特徴です。大きい、縦長の掌が「水かきがある」というニホンオオカミの伝承を生んだのではないでしょうか。これもオオカミの走力に関わりのある特徴です。