オオカミと日本の自然の美しさ

.■オオカミと日本の自然の美しさ

 日本の山は世界でもまれな美しい景観をもっています。これを楽しめるのは、実は日本に住む登山者の特権なのです。同じ高度にさまざまな植物群落や地形がモザイク状に現れる山地は世界にほとんど例がなく、高山帯でこれほど変化に富む自然景観は日本だけのものです。この自然の多様性こそが我が国の高山の第一の特長です。

また、繁茂する植物が特色ある森として維持されていくには、気候風土だけでなく動物という重要な要素が生態系には欠かせません。草食動物が食べることによって適度に攪乱される森は、種の多様性が最も高くなることが知られています。大型の草食動物であるシカは、植物を食べることでさまざまな植物が新たにその場に芽吹くチャンスを作り出します。植物もまた、草食動物に食べられまいと棘をもったり有害物質を出したり、驚くべき変化を見せます。

しかしこのように植物の素晴らしい多様性をシカが演出できるのは、その生息数が適度に保たれている場合のみです。シカは四つの胃袋でバクテリアの力も借りる「反芻」という強力な消化能力をもっているため、さまざまな植物をエサとして利用することが可能です。緑の草だけでなく樹皮や落ち葉までも餌にして増え続けます。

 そのシカを適度な密度に抑えてきたのが、人里近くでは狩猟者、人が入り込まない奥山や高山帯ではオオカミ、つまり捕食者でした。

いま、日本の自然が増えすぎたシカによって破壊されているのは、生態系の中の重要な機能である「捕食者」が失われた状態のままだからです。日本人が、重要性を知らないままオオカミを絶滅させてしまったせいで、自然そのものの機能が生物多様性の急激な低下を招いているのです。

「獲っても獲ってもシカが減らない!」自然が内側から壊れていくようなこの現象の進行を止めるには、欠けてしまった捕食者オオカミを再導入により復活させる以外に方法はありません。生態系の「機能」を取り戻すことが必要なのです。

人間は万能ではありません。自然の中で発揮できる能力には限界がありますし社会的制約もあります。科学的知見にもとづき慎重なモニタリング体制のもとでオオカミの復活を目指す、それが日本の自然を守る唯一の方法です。